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欧州生殖医学会で口頭発表を行いました(その2:酸化ストレスと体外受精について)

公開:2023.11.16 最終更新:2023.11.06

研究結果

培養部の楠本です。前回のブログに引き続き、今年6月に開催された欧州生殖医学会での発表に関して、酸化ストレスと体外受精についてご報告したいと思います。

今回発表したのは、胚に与える培養液中の酸化ストレスの影響に関しての研究結果です。体外受精培養液中の酸化ストレスレベルに着目し、それが胚の発育や妊娠の結果に与える影響について検討したところ、高い酸化度が胚に悪影響を与える可能性が示唆されました。

酸化ストレスの管理は胚培養に必要なだけではありません。患者さんの体内での酸化ストレスや、卵巣刺激や採卵手術などでも酸化ストレスの悪影響をうけ、卵子の品質や着床に影響を及ぼす可能性があることが報告されています。体外受精では様々な要因により酸化ストレスの元となる活性酸素を発生させることが知られていますが、具体的な発生源として以下のものが挙げられています。

体外受精での活性酸素の発生

  • 卵巣刺激:排卵誘発剤を投与して卵巣を刺激し、複数の卵子の発育を促すことで下記の状況を引き起こし、卵子の質・受精・胚の発育に悪影響を与える可能性が報告されています。この原因としては以下の理由が考えられています。
    • 薬剤による著しいホルモン変化が卵胞液を変化させることで酸化ストレスが発生しやすい状況になる。
    • 排卵誘発剤を使用することにより卵胞内の酸素レベルが変化し、酸素の代謝が活発化して酸素ラジカルや活性酸素の産生が増加する。
    • 卵胞液の分泌量増加により酸素量が増加し、豊富な酸素の存在が活性酸素の発生に繋がる。
    • 虚血再灌流が起こり、再灌流時の一時的な酸素量増加により細胞障害が起こり、酸化ストレス値が上昇する。
    • 顆粒膜細胞の機能障害により抗酸化能力が低下する。
  • 採卵時の卵子回収: 卵巣から卵子を回収するための針吸引は卵巣組織に物理的な外傷を与え、血液供給を妨げ、組織の損傷や活性酸素の放出が起こる可能性があります。
  • 体外培養:可視光や胚操作、酸素濃度、温度、栄養成分などの培養条件は、活性酸素の産生に影響を与える可能性があります。最適でない培養条件や長時間の培養は、酸化ストレスレベルを高める可能性があります。
  • 凍結保存:凍結時の氷晶の形成や融解時の再酸素化により、細胞へのダメージや活性酸素の発生を引き起こす可能性があります。
  • 精子の質:精子機能の異常や精子細胞による活性酸素の大量発生は、受精や胚の発育に影響を与える可能性があります。
  • 患者要因:母体年齢の高さ、肥満、喫煙、骨盤内炎症性疾患や子宮内膜症などの生殖器における炎症性疾患、性感染症などの感染症などが酸化ストレスレベルを高める可能性があります。

上記のような原因からも治療成績の低下が懸念されるため、酸化ストレスに対しても今後我々は知識をつけ、治療への工夫を行う必要性が考えられました。

体外受精における酸化ストレスを軽減させるための対策としては、栄養の最適化、環境毒素への曝露の低減、抗酸化物質の補給など、生活習慣の見直しがしばしば行われるようです。臨床レベルでの酸化ストレスマーカーが普及していない中では特に、酸化ストレス軽減のために様々な工夫を凝らす必要性を感じます。

以上、簡単ではありますが最新の研究内容に関してのご報告でした。
今後も学んだ内容を日々の臨床に活かしつつ、より良い治療を提供できるよう研鑽を続けたいと思います。

European society of human reproduction and embryology 39th Annual Meeting発表内容
https://academic.oup.com/humrep/article/38/Supplement_1/dead093.007/7202655

原著論文
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35903606/

観光名所として有名なニューハウン。カラフルで小ぶりな建物が連なっている観光名所です。学会のあった6月末は4月の東京くらいの陽気で湿気もなく快適でした。夏のデンマークは夜の11時頃まで明るいので、テラス席でビールを飲みつつ、いつまでも明るい日差しの中で風を浴びながらの食事は大変心地良かったです。日本人の元彼女がいたイケメンウェイターさんが、日本人の我々のためにシュナップスというデンマーク伝統のお酒をサービスしてくれました。